午後の柔らかな光が、古い貴族の館――ローゼンベルク邸の長い廊下に差し込んでいた。
「ユリアン様!」
澄んだ声が、静寂を切り裂く。
次の瞬間、黒と白の影が勢いよく飛び出した。
黒髪のショートボブに純白の小さな薔薇の飾り。メイド服のスカートを翻しながら、リリアは廊下の角を駆け抜ける。
かつて、若き当主ユリアンに仕えていた専属メイド――リリア。
だが今、彼女は“預けられている”身であった。
「きゃっ……!?」
勢いのまま、体勢を崩す。
スカートが大きくめくれ、黒いストッキングに包まれた脚と白いガーターベルトが一瞬、露わになる。
両手を突き出し、床すれすれで滑るように踏みとどまる。
それでも顔だけはすぐに上げた。
頬をわずかに赤らめ、息を弾ませながら――
「ユリアン様! お久しぶりです! 本当に……お会いできて嬉しいです!」
その声は、再会の喜びと抑えきれない感情で震えていた。
興奮のあまり勢い余ったリリアの体は、バランスを完全に崩した。
少し離れた場所で、ユリアンは目を丸くし、尻もちをついていた。
あまりにも突然の出来事に、言葉を失っている。
「リ、リリア……?」
戸惑いの滲んだ声。
リリアはまだ不格好な体勢のまま、必死に笑顔を浮かべていた。
乱れたスカート、露わになった太もも、くしゃくしゃになった白いエプロン。
それでもその瞳は、ただ一心にユリアンを見つめている。
「お帰りなさいませ、ユリアン様。……今は他の方にお預けされておりますが、それも借財が清算されるまでのこと」
一度、言葉を区切り――
「ですから、どうかご安心ください。私は、あなた様のもとへお戻りするその日を、ずっとお待ちしております」
静かで、揺るぎのない声だった。
ユリアンの表情がわずかに曇る。
「……すまない。俺のせいで、お前にそんな思いをさせている」
リリアはすぐに首を振った。
「いいえ。これは、あなた様に仕える者として当然のことです」
その言葉に迷いはない。
ユリアンは視線を落とし、小さく息を吐く。
「必ず……迎えに行く。それまでは――」
言いかけて、言葉を飲み込む。
リリアはやわらかく微笑んだ。
「はい。その日まで、どのような形であれ、務めを果たしてまいります」
その言葉には、どこか妙な含みがあった。
ゆっくりと体を起こしながら、彼女は胸元にそっと手を添えた。
今身に着けているメイド服は、かつてのものとは明らかに違う。
布地は薄く、胸元は大きく開き、脚のラインも強調されている。
視線をわずかに伏せ、頬を染めながら――
小さく、ためらうように言葉を落とす。
「この服はその・・・ヴァルター様のご趣味でして……その……あまり、慣れておりませんので……」
指先でそっと胸元を押さえる仕草には、はっきりとした戸惑いと羞恥が滲んでいた。
かつてユリアンに仕えていた頃の、慎ましく落ち着いた装いとはまるで違う。
ユリアンは一瞬、言葉を失う。
「……無理はするな」
短くそう言うのが、精一杯だった。
「いかなる時でも、私はユリアン様のメイドです。どうか……そのことを、お忘れにならないでくださいませ」
潤んだ瞳。真剣な声音。
――だが、その仕草はどこか不自然だった。
本来の彼女であれば見せないはずの、わずかな艶。
「リリア……?」
戸惑いを隠せないまま、ユリアンは彼女を見つめる。
リリアはただ、微笑んだ。
忠義を込めて。
――そして、その奥にある、わずかな歪みを隠したまま。
わずかな時間の再会であったが、屋敷のメイド長によばれ彼女は奥の部屋へと消えていった。
あとに残されたユリアンの耳に、手入れが行き届いた庭にはばたく鳥の音が聞こえていた。